勝共思想・勝共理論

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38,マルクス経済学・13  労働者に「貧困増大」はない

マルクス経済学・13
[キーポイント」マルクスは資本主義社会が発展していくと、労働者は一層、貧困になっていくと論じました。社会には大量の失業者が溢れ、貧民層が増大していくというのです。これが貧困増大の法則です。法則と呼んでいる根拠は、資本家は利潤をいかに大きくするかしか考えていないので必ず賃金が引き下げられ、機械を導入して労働者を首にするからだといいます。そして労働者は将来、必然的に貧民になるのだから、そこから抜け出すために革命に立ち上がらなくてはならないというのがマルクスの主張です。これがどれほど事実からかけ離れているか、現在の裕福な労働者を見れば一目瞭然でしょう。

労働者に「貧困増大」はない
■その主張と批判
 貧困増大の法則は、資本家たちが利潤の極大化のみを追求するために、一方では絶えず賃金を引き下げ、他方では新しい機械を導入することによって大量の労働者を解雇して失業者(産業予備軍)をつくるために、貧民層が増大することをいいます。
 マルクスは次のように述べています。
「これに反して近代の労働者は、工業の進歩とともに向上する代わりに、かれら自身の階級の諸条件を下回ってますますそれ以下に沈んでいく。労働者は貧窮者となり、貧窮は人口や富よりもっと急速に発展する」(『共産党宣言』)
 このように資本主義社会では、生産力が大きくなるにしたがって労働者の貧困が増大するというのです。しかもマルクスの言う労働者の貧困とは、富める者に対して相対的な貧困であるばかりでなく、絶対的にも貧困であって、奴隷のような生活を指しています。マルクスはこう述べます。
 「かれら[資本家]は支配する能力をもたない、なぜならかれらは、その奴隷[労働者]に奴隷制の内部においてさえ生存を保証する能力をもたないからであり、またかれらが奴隷から養われる代わりに奴隷を養わねばならない状態にまで、その奴隷をおとさざるをえないからである」
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 しかし、この理論もまったく背理であることは今日の経済的な現実が端的に物語っています。マルクスの19世紀後半から20世紀に至るまで、技術革新によって新しい機械を絶えず導入することによって、労働時間の短縮がなされたにもかかわらず、賃金(実質賃金)は絶えず上昇する傾向を見せてきました。資本家は労働者の賃金を引き上げながらも多くの「利潤」(マルクスのいう利潤)を上げているのです。これが真実です。
 前回でも紹介した経済学者のサムエルソンによると『資本論』が発刊されて以来、今日(サムエルソンが指摘した80年代)に至るまで、実質賃金は着実にかつ大幅に上昇してきたのであり、賃金の低下は一時的(恐慌など)な現象にすぎませんでした。サムエルソンはこういいます。
 「実質賃金は、マルクスの1867年の『資本論』以後一世紀のあいだに、下がりもせず不変のままでもなく、統計的調査によれば工業化された資本主義のもとでは、まことにきわ立った上昇を示しているのである」(『経済学』)
 さらにこういいます。
 「今日において、過去一世紀間の実質賃金の趨勢について、事実がどうであったかということには、あまり疑問の余地がない。過去一世紀の間、実質賃金は着実にかつ大幅に上昇したのである……フォード自動車会社の労働者は、彼らの祖父母の時代にくらべると十倍もの実質賃金を受け取っているが、それは、彼らの現在の生産性がそれだけの賃金の支払いを可能にしているからである」(同)
 サムエルソンは『経済学』に実質賃金の上昇傾向(アメリカ)と平均労働時間の短縮(西欧先進諸国)を示す図を載せています(図・参照)。実質賃金は1900年を100とすると1980年は500、平均労働時間のほうは100に対して60以下です。
 つまり、先進資本主義社会では、実質賃金は著しく増大したのであり、同時に労働時間は短縮されたのです。その結果、労働者は豊かになり、多くの時間を文化生活に当てるようになったのです。したがって、資本主義社会では貧困増大の法則ではなく、かえって富の増大の法則が作用したといえるでしょう。
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 むろん、そこに至る道は平坦ではありませんでした。エンゲルスは『イギリスにおける労働者階級の状態』(1845年)で、ブルジョアジーを「貪欲と金銭欲」だけの持ち主と断定し革命のみが事態を改善すると強調しましたが、たしかにそうとしか思えない時代があったことは事実でしょう。しかしその後、イギリスは変貌していきます。
 ブルジョアジーをはじめとするイギリス社会全体が積極的に改革に乗り出したのです。すでに1844年には工場法が改正され(最初の工場法は1833年)、九歳未満の子供の雇用は禁止されていました。47年には公衆衛生法が制定され、労働者の環境は著しく改善され、50年代から70年初めにかけて好景気に沸き、それに伴って賃金も上昇したのです(実質賃金は1850年代に比べて90年代は2倍増)。
 名実ともに「世界の工場」となったイギリスの富を背景に社会改革が前進しました。70年には義務教育法、71年には大学審査法(オックスブリッジへの非国教徒の入学許可)、72年には労働組合法が成立。また、74年工場法では月曜から金曜日は1日10時間、土曜日は6時間の週56時間制が達成されました。こうした改革は政治にまで及び、選挙権が著しく広がり、84年には戸主選挙権の確立によって地主のみならず、農村労働者から鉱山労働者にまで選挙権が拡大され、実質的に男子普通選挙制が実現しました。こうして資本家も改革の戦列に加わることによって、イギリスの労働者の環境は見違えるほど改善されていったのです。
 アメリカもそうです。「第二次産業革命」と呼ばれた19世紀後半には、各地で労働争議が起こり(たとえば87年の大鉄道ストライキや92年のカーネギー鉄鋼ストライキなど)、騒然とした雰囲気につつまれる「動乱の90年代」になりましたが、20世紀に入ると、セオドア・ローズベルトやウィリアム・タフト、さらにウッドロー・ウィルソンら三代の大統領時代に、工場法や労災補償法、また悪徳な資本家による独占を規制するクレイトン反トラスト法、そして連邦児童労働法などを相次いで成立させ、労働者の環境を整備していったのです。
 そして第1次大戦後、自動車や家電(電気洗濯機・掃除機)などの耐久消費財産業が一層発展し、労働者がイコール消費者となり、多くの労働者の家庭にラジオが置かれ、自動車でピクニックに出かける「新時代」が築かれたのです(1929年のアメリカの自動車登録台数は2500万台=人口1億2千万人)。その後、大恐慌、そして第二次大戦の苦難の時代を経ますが、図のように労働者の実質賃金は増加し続けます。
 こうした資本主義の1世紀にわたる歩みを見ますと、今後の道も決して平坦なものではないでしょうが、貧困増大の法則が該当することは決してないことが知れます。それは富の源泉が消費(日本では国内総生産の六割を占める)であるからです。国民の圧倒的多数の労働者すなわち消費者が富まない限り、資本主義社会は発展しない仕組みなのです。
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 今、日本では実質賃金の伸びが停滞しています。右肩上がり時代が終わり、少子高齢社会の到来によって労働人口の停滞が予想されます。そして新興国(たとえば中国)の低価格製品が世界市場に進出してきますと、先発国の競争力が一段と問われます。
 だからといって貧困増大の法則どおりになることは決してないでしょう。こうした諸問題解決に英知を結集しさえすれば、私たちはいかなる困難も克服が可能だからです。さらなる『プロジェクトX』によって、より付加価値のある製品開発を怠らなければ、先発資本主義国としての利点を生かして、一定規模の経済成長が実現できるはずです。 ところでマルクスが貧困増大の法則を主張した動機は、暴力革命を正当化するためでした。いかなる改善がなされても結局は労働者の貧困は避けられず、この苦しみから逃れる道は革命しかないと言いたかったのです。まさに終末論です。
 しかし現実は違っていました。私たちには常日頃の改良、改善は必要ですが、革命は不要なのです(つまり共産党も不要ということ)。

■ 批判のポイント

●ロストウの「高度大衆消費社会」
 産業社会は多種類の商品の大量生産を可能にしたことで消費社会を到来せしめた。経済学者のW・ロストウは産業社会が発展していくことによって大衆の所得が高くなり高度に消費を選択できる社会が生まれるとし、それを「高度大衆消費社会」と呼んだ。ロストウはこの社会を経済文明が目指す最終目標と位置づけている。この目標設定には疑問が残るが、産業社会が発展すれば大衆の所得が増加するとの指摘は正しい。これもマルクスの貧困増大の法則の間違いを示している。

●クラークの「ペティの法則」
 経済学者C・クラークが英国経済学者のペティの名からとって付けた法則名。産業構造の変化は第一産業(農業・牧畜業・水産業)から第二次産業(製造・加工業)、そして第三次産業(商業・運輸・通信・金融・サービス)へと生産の比重を移行することを指してペティの法則という。マルクスは第二次産業のみを論じ、第三次産業を軽視したが、産業社会は発展するに伴って第三次産業がより一層発展していくことは事実が実証している。現在の日本では国内総生産の六割以上を占める。ここにもマルクスの貧困増大の法則が当てはまらない一因が見いだせる。

●ベルの「脱工業化社会」
 社会学者のD・ベルはモノから情報(サービス)へと移っていく社会を脱(ポスト)工業化社会と呼んだ。ベルはサービスを分類して?@工業化を補完するサービス(運輸・通信・公共サービス)?A工業化に付随するサービス(金融・保険・不動産・流通)?B対個人サービス(レジャー・保健・教育)の三つに分け、対個人サービスすなわち家計のサービス化は所得水準の向上、賃金率の向上によって可能としている。このこともマルクスの貧困増大の法則の間違いを示している。