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37,マルクス経済学・12  利潤率は低下せず


マルクス経済学・12
利潤率は低下せず
[ポイント]マルクス経済学の基礎である労働価値説と剰余価値説に基づいて、マルクスは資本主義が不可避的に破滅していくとして三つの経済運動法則を導き出しました。それが?@利潤率の傾向的低下の法則?A貧困増大の法則?B資本集中の法則です。マルクスによれば、資本家は絶えず改良機械や新しい生産方式を導入して生産費を安くして利潤を得ようと競争し、その結果、利潤の額は投資した資本と比べ相対的に低下していく(利潤率低下の法則)。さらに資本家は利潤を獲得するため労働者の搾取を強め、その結果、労働者は一層貧困になっていく(貧困増大の法則)。そして競争に破れた資本家はプロレタリアートに没落し、資本は大資本家に吸収され(資本集中の法則)、こうして中間層は消滅して少数の資本家と圧倒的多数のプロレタリアートの二大階級が対立し、「資本主義的所有の最後を告げる鐘が鳴る」(『資本論』)。こうして革命によって資本主義社会が崩壊する――これがマルクスの「予言」です。むろん、このいずれも当たってはいません。今回は利潤率の傾向的低下の法則を見てみます。


■その主張と批判
 日本最大の利潤をあげている企業はトヨタ自動車です。今年5月に発表した03年3月期連結決算によると、売上高は16兆542億円、経常利益は1兆4140億円。ついに利益を1兆円の大台に乗せました。
 こうしたニュースを聞くにつれ、マルクスの利潤率の傾向的低下の法則が空しく響きます。資本主義社会は一貫して利潤をあげ続けているのであって、利潤率が低下していく傾向を発見することができません。マルクスの予言から百年余、いまだ資本主義は崩壊していません。先進資本主義社会の今日の繁栄した経済成長は利潤の増大によるもので、もはやマルクスの法則は死んでいます。トヨタの決算はそのことを雄弁に物語っているといえるでしょう。
 なぜマルクスは利潤率の低下の法則なるものを主張したのでしょうか。
 マルクスによれば、資本主義が発達すればするほど、不変資本(機械や原料などの購入に支出される部分)が伸び、可変資本(労働力の購入に支出される資本部分)が相対的に減っていきます。この現象を資本の有機的構成の高度化といいますが、そうすると剰余価値率(あるいは搾取度)すなわち可変資本に対する剰余価値の割合が一定である限り、利潤率すなわち総資本に対する剰余価値の割合が絶えず低下していきます。
 これは次のことを意味しています。一人の資本家が新しい機械を導入することによって、生産費を節約して市場価格より安い商品を生産し、それによって大きな利潤を得れば他の資本家も同様に新しい機械を導入する。こうなると結局、市場価格全体が安くなってしまう。そこで資本家たちは互いの競争に勝利するために、競ってさらなる新しい機械を導入する、資本家は絶えず改良された機械や新しい生産方式を導入しなければならず、そうするためには継続的に資本が拡大されなくてはならない。このような現象が反復する間に結局、資本家たちの利潤率はどんどん小さくなっていく。すなわち利潤率の額は投資した資本と比べて相対的にどんどん少なくなっていく――、というわけです。
 そのことを図式すると左のようになります。ここで問題なのはマルクスが利潤率低下の前提として「剰余価値率が一定であれば」との条件を置いていることです。ここが間違いの始まりです。すでに剰余価値説批判で紹介したように、マルクスは労働力のみが剰余価値を生産し(可変資本)、機械は剰余価値を生産しない(不変資本)とする間違いを犯しました。この間違った前提に立って機械は剰余価値を生産しないとし、労働力だけを根拠に剰余価値率を一定にして、そこから利潤率が低下していくという誤った結論を導き出しているのです。
 実際は機械を導入するさまざまなケースで、いずれも利潤率は低下せず逆に増大していくことがわかります。左図にあるように正しい利潤率の公式を当てはめると、計算上はいずれも利潤率が増大するのです。しかし実際の取引は単純ではありません。マルクスがまったく無視してしまった市場が実は大きなファクターとなっているのです。さまざまな市場条件の変化、それに景気の変動で商品がすべて売れるとは限らないからです。
 ですから商品の質と量が増大しても、必ずしもそれがそのまま利潤の増大とはならないのです。こうしたファクターによって利潤率の増大は相殺されてしまって利潤率はほぼ一定だったというのが経済学の研究成果です。たとえばサムエルソンは『経済学』の中で先進資本主義諸国において、20世紀、利潤率はほぼ一定だったとして次のように述べています。
 「実質的な利子率または利潤率にかんしては、それが下がったという事実はなく、むしろ現実には景気循環過程での振動は観測されるが、今世紀(20世紀)においては強力な上昇傾向もなければ下降傾向も見られない」
 つまりマルクスが予言したような利潤率の低下の傾向は否定されているのです。利潤率がほぼ一定の状態を維持したということは、利潤率が総資本に対する利潤の割合が一定であったことを意味しています。その総資本は十九世紀から二十世紀を経て絶えることなく増大してきましたので、それに比例して利潤額も増大してきたことになります。だからこそ、わが国の経済成長時代がそうであったように資本主義社会は成長、発展し、それにあわせて労働者の賃金も上昇し、今日の豊かな社会を満喫できるようになったわけです。 
 しかしマルクス主義者の中には昨今の低成長をとらえて「これぞマルクスの予言した利潤率低下の法則どおりの展開だ」などと言う人がいます。たしかに企業の利潤率が全般的に低下している傾向がありますが、これは利潤率低下の法則とはまったく違う現象です。
 マルクスは機械資本が絶えず増大するために利潤率が減少するとしたのですが、今日の利潤率の減少は主に有効需要が減っているのに賃金が増大していることによって生じているもので、利潤率低下の法則とは無縁です。
 ちなみに冒頭のトヨタが利潤をあげているのは、販売台数の増加(利益ベースで九百億円貢献)と円安の為替損益(同6百億円)に加え、何よりも大きいのは工場や物流などグループ全体のコスト削減効果(同3千億円以上)だそうです。今日の企業は需要に適切に対応しつつ(販売拡大)、機械資本を増大させてもさまざまな分野でコスト削減し、利潤率を下げないように努力しているのです。
 とまれ利潤率の傾向的低下の法則によって革命に導かれるとのマルクスのご託宣はことごとくはずれているのです。